「僕と核」2012

    第五部:考察

 

< シーベルトの穴 >





「放射線生物学」を通して被曝のメカニズムが解明されるにつれて、人体を守るための「放射線防護」の知識と方法も大きく進歩してきた。

キュリー夫人の時代はX線をふんだんに浴び、核実験時代は放射性降下物をふんだんに浴び、問題は多く残るものの基準値はがどんどん下がり、医療現場や核関連施設で被曝レベルを厳しく管理している現在に至る。

2011年は「シーベルト」と言う単位が一般になった。 放射能の汚染レベルとしてベクレル、毎時/マイクロシーベルトが使われている。その結果、年間線量20mSvなどが話題になってきたが、果たして、それ以下の「低線量」はどうなのだろうか?

ICRP(国際放射線防護委員会)は、この数十年でシーベルトを用いた基準値を産業のために発行、更新して来た。
放射線の種類、核種、臓器毎に係数を用いて、内部被曝による負荷の「合計を計算する」仕組みになっている。

ベクレルが「1秒間に起きる崩壊=放射線の数」に対して、シーベルトは放射線が人体(主に内臓) に吸収された線量の「負荷」を数値化したものであるが、そこに「人為的な解釈が含まれる」単位であるために、影響を知るには100%信用できる単位ではないことを問題視している医者や学者も多い。

(ICRP基準にまつわる問題について詳しくは、2011年4月に発表した「日本産婦人科学会へ」の末尾を参照)

Dr. Rolf Maximilian Sievert (1896−1966)
 
シーベルトの問題点は:

・放射線の影響は「細胞・遺伝子単位」で解明されているのにも関わらず、未だに60年前の「臓器単位」の係数を用いて被害を「予測」している。
このデータは、他ならぬ広島と長崎に投下された原子力爆弾の生存者データである。

吸収されたエネルギーが変換され、細胞の膜や器官が破壊されて、遺伝子の破損やエラーに繋がることは第二部で取り上げた。
シーベルトは過去の統計に偏っていて、最新の科学が反映されてないことが指摘されている。原子力産業が「シーベルト」を用いて低線量の被曝を「許容」している実情があるからである。

・代表例として、1960年代にジョン・ゴフマン博士が「低線量」どころか一つの原子から出た一筋の放射線(トラックと呼ぶ)が細胞に及ぼす影響を提唱し、大問題になった。米政府の要請で発表したデータだったが、 「内部被曝は少しでも、がんのリスクを増やす」と発表してしまったからだ。ゴフマン博士はX線と乳がんも関連づけたため、医療現場にも大きな波紋があった。ここから「LNT説=直線しきい値なし」が取り上げられ、NAS (米国科学アカデミー)によるBEIRレポートでも裏付けられたが、リスクを容認する側からは否定的な意見も多い。

・「直線しきい値なし」の影響は立証されていない、と言う批判があるが、「しきい値あり」の説の方こそ、立証できない。影響のある/なしはこれまでの被曝データに基づくもので、病気を特定のがんに限定するなど、偏見が入っている部分が多い。この何十年も続いている傾向は、「卓上で希釈される放射能」に記した。
・シーベルトを内部被曝に正確に適用しようとしても、全身の吸収線量を計算するためには各部位の線量を計らなければいけないが、測定方法や測定器の制限により、外部被曝と内部被曝の区別が殆どついてない場合が多い。内部被曝の長期的な影響が出る可能性を無視していることになる。

・まとめると、シーベルトは放射線の総線量を知る上では有効だが、人体への影響は個人差も含め無害だと保証できない部分がある。
被曝は免疫の負担になることは分かっているのだから、少ない線量でも体の免疫が抑えることができるか、と言う個人の課題になってくる。

その程度の目安を誰もが知りたいだろうが、どの程度のリスクを受け入れるかと言う、リスク管理の意識(リスクに関する記事はこちら)にもよるので、水掛け論になってしまう可能性も強い。

リスクを人に伝える際には、確定的影響と確率的影響、その誤差、個人差を含めて話を進めなければいけない。
平均値ばかりとっても、健康な大人の男性が持ち上げられる重量を女性や子供にまで適用できないのと一緒で、個人差を認めなければ「個人」という概念を消し去っているも同然なのです。


 

< 内部被曝の歴史 >


2011年に原子力産業の歴史の系譜を制作した。内部被曝の扱いにも焦点をあてたものだ。

第二次世界大戦当時から「残留放射能=フォールアウト」 による内部被曝が政治的、経済的にタブー視されてきたのは明らかである。
語ることも許されなかった時代だったのである。

先ほど述べたように、低線量の影響を訴えたBEIRレポートにしても、臓器毎の負荷を比べる被曝の統計として、未だに基本となっているのが広島と長崎の被爆生存者のデータである。 この件について非常に重要な情報をまとめているのは、笹本征男氏の意志を受け継いだ、NPO法人市民科学研究室、柿原泰氏・著の報告書『原爆調査の歴史を問い直す』です。

広島・長崎のフォールアウトや、日米の政府がいかに記録と報告を改ざんしたか、などが事細かく記されている。
是非、読むことをおすすめします。(情報はこちら

ただでさえ、アメリカ陸軍と日本の医師団が原爆投下直後に行った情報と、ABC=原爆調査委が行った調査には五年間のブランクがあり、その間亡くなった人たちの統計はもとより、生存者の被爆者を調べる手法にも疑問が沢山残っている。

敗戦後と言う特別な政治背景があったにせよ「このデータが現在まで引き継がれ、国際的に被曝の許容値を設定する理由になっている」とすれば、その正当性を現在の科学と照らし合わせて見直す必要があることは間違いないだろう。

参考までに、米政府は核実験から30年以上経った1990年から現在まで RECA(被曝補償法) により、アメリカ本土の被曝者1万5千人に各5万ドル含め、2万4千人に計160億ドルを支払っている。裁判によってフォールアウトの影響を認めたため、保証を行っているのだ。

シーベルトによる基準値を言い争う暇があったら、各自が知識の底上げをすることによって、生物側の視点から議論が行われて行くことを期待する。

 


放射能の線量を計るシーベルトは有効な単位
であると同時に、人体への影響を知る上では不完全な情報である。
核種を詳しく調べるなど、踏み込んだ調査をしなければ、ずれた基準のまま論争になってしまいます。

 


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